2006年5月15日

広島に行ってきました。

 連休も終わりましたね。お寺はそうは行きません。連休は関係ない日々でした。
 さてだいぶ時間がたってしまい申し訳ありません。桜も散り、東京は新緑の季節です。寺の八重桜もほぼおしまいですっかり葉桜になりました。これはこれでまたよろしいです。その八重桜の下では「つつじ」が色を添えています。

門の内側
門の内側

 さて、お寺も今年に入りいろいろなことがありました。二月二十二日に、閑栖和尚様(隠居のこと)が遷化(亡くなられる事)されました。二月二十六日通夜・27日告別式を執り行い、四月十一日に津送・新忌斎(納骨・四十九日の法要)を執り行いました。その間に「春彼岸会」があり、四月八日は「はなまつり」(お釈迦様の生誕日)がありました。
 四月十四日・十五日かけて、開基の上田重秀公の生誕地である広島の上田家に行ってまいりました。上田重秀公はご存知のとおり浅野家の国家老上田宗箇の長男で、上田宗箇は武家茶道上田宗箇流の流祖でした。その上田宗箇の作庭の図案が見つかり現在上田家ではその上田宗箇作庭の図案を基に復元を始めています。

通常の出入り口
通常の出入り口(翌日の相伝稽古の為、幕が張られている。)

めずらしい立ち蹲
めずらしい立ち蹲(浅野家の殿様用)

上田宗箇作庭復元中
上田宗箇作庭復元中

上田宗箇作庭の復元中
上田宗箇作庭の復元中(庭師 斉藤先生 手前の人)

およそ三年かけて作庭されており、現在の庭にある庭石などが不要になる為、お家元より当寺と深いご縁のある上田家の庭石を如何との問いに二つ返事にて頂きに行ってまいりました。重秀寺も二十年後の開創四百年を迎えるにあたり作庭を予定しておりご縁のある上田家の庭石を使って作庭出切ればと考えております。

宮浜温泉「石亭」より瀬戸内海を望む
上田家より車で30分ほどのところにある宮浜温泉「石亭」より瀬戸内海を望む

大頭神社
大頭神社(この神社の裏手に妹背の滝があります)

大頭神社に渡る橋
大頭神社に渡る橋「別鴉橋」日本サッカー協会のシンボルになっている鴉名です。

妹背の滝
宿「石亭」より10分ほどにある大頭神社の「妹背の滝」

雄滝
「妹背の滝」の「雄滝」 かなりの水量で迫力がありました。

雌滝
「妹背の滝」の「雌滝」あいにく近くまではいけませんでした。

2006年5月15日

相変わらず忙しくしています。

 二十日・二十一日と閑栖和尚様葬儀にて導師をお願いいたしました雲巖寺の老大師(臥月庵老大師様)に御礼の挨拶に那須の雲巖寺へ行ってまいりました。それから、四月二十五日はお寺の開山忌(開山和尚の命日の法要)でした。本来は四月三日がお亡くなりになった日ですが、以前よりこの二十五日に執り行われていますので、例年どおりに行ないました。これで大きな行事も一段落いたしましたので、やはり閑栖和尚様の葬儀に際してご焼香を賜りました福岡県久留米市にあります梅林寺の悠江軒老大師にお礼の挨拶に行ってまいりました。
 梅林寺は亡くなった閑栖和尚様の修行道場です。四月二十六日に梅林寺に向かいました。お忙しい中を相見頂き、またお気遣い頂き僧堂をご案内いただきました。もちろん雲水さんにです。写真は山門だけです。

臨済宗梅林寺
福岡県久留米市にある臨済宗梅林寺僧堂の山門山内は写真を撮ることは出来ませんが修行僧の為の厳しい道場です。

 翌日は一日時間をとり、翌28日に当寺開山和尚の師匠寺であります日向の佐土原にある大光寺へ向いました。久大線を乗り継いで大分駅へそして大分駅から特急で佐土原駅へ向いました。大分からおよそ3時間。w)

佐土原駅
佐土原駅です。ここからタクシーで大光寺へ行きます。

一両のワンマン電車
久大線に乗って大分へ 一両のワンマン電車です。この電車は日田まで各駅とまります。日田から湯布院そして大分へ。大分から日豊本線で佐土原まで向います。

臨済宗妙心寺派佛日山大光禅寺の山門
臨済宗妙心寺派佛日山大光禅寺の山門

大光寺境内
大光寺境内 手前は開山堂、奥は本堂

 大変歴史のあるお寺で開創670年近くになるお寺です。重秀寺の開山様は、大光寺の三十七世雄山和尚のお弟子で縁あって上田重秀公の菩提寺の開山となられました。大光寺さんでは野生の孔雀がいるそうです。残念ながらお目にかかれませんでした。ご住職の話ですと「たぶん町に行っているのでしょう」とのことでした。次回は是非お目にかかりたいと思っております。

2006年5月15日

釧路川の蛇行

 先日のある新聞に「釧路川の蛇行」の記事が載っていました。釧路川の洪水を防ぐために直線化したようです(二十五年前約1.6キロを直線化した。そしてこの度2.7キロを蛇行させる計画)。
 ところが、「自然再生法」に基ずく河川の曲げ戻しを行うとのこと。何か変ですね。今回の釧路川の計画は「釧路湿原」(ラムサール条約登録湿原)の乾燥が進みこの五十年で二割の面積が消失したそうで、それを「川の蛇行」を回復して湿原を護ろうというのが行政の計画のようです。すごい計画ですね。直線化に5億円、曲げ戻しに10億円掛かるそうです。お金の問題でなく、何千年・何億年とかかって出来た「湿原」を、洪水を防ぐために直線化し、湿原が乾燥し「ラムサール条約登録」としては「まずい」と判断したのでしょう?
 「湿原」が出来るとういうことはどういうことなのか。河川が氾濫したりするから湿地帯が出来るのでしょう。その氾濫をしない様にしたら乾燥してくるのは当たり前ですよ。熱帯雨林のところならまだしも。こんなこと当たり前でしょう。何もしなくても「地球温暖化」の影響で乾燥していくのですから。
 「アサリ」・「干拓」など他にもたくさんの問題があります。人間と自然との調和。大昔は自然に対して人間の知恵を働かせていたように思いますが、近年は人間のための自然と言うような気がしてなりません。ここら辺で少し考え直して見ては如何ですか。以前にもお話したと思いますが人間も「自然」なのです。少々不便でもいいではないですか。気持ち良く、どこにいても「美味しい空気」が吸えるような地球にしませんか?
 この「釧路川」の件、この夏にも着手するようです。どうですかね。関係者の方、慌てずにもっとよく協議しては如何でしょうか?人間の本当の智慧を搾り出して下さい。立派な方が「再生協議会」におられることでしょうから。ひとつ皆さんで考えて下さい。